2013年10月25日金曜日
2013年10月4日金曜日
2013年10月1日火曜日
2013年9月29日日曜日
第3回北九州哲学カフェ開催報告
9月28日18:00から、門司の赤煉瓦交流館にて第3回北九州哲学カフェを開催いたしました。参加人数は5名でした。
テーマは「『知らない人に声をかけるということ』を考える」でした。知らない人に声をかけた経験、また逆に知らない人に声をかけられた経験などを参加者に話していただき、コミュニケーションにおいて何が重要かを考えていきました。
普通は何か用件がなければ知らない人に声をかけるということはないというのが参加者たちに共通した見解でした。例としては、道を尋ねる、写真を撮ってもらう等が挙げられます。しかし、そのような用件がある場合であっても、相手に警戒される/相手を警戒するということがあります。つまり双方に何らかの誤解が生じるということがあります。そこで重要になるのが、話しかけやすい/話しかけられやすいということ、つまり見た目の印象やイメージ等ではないかということです。
それ以外に重要なことはないでしょうか。そこで、世間話が上手な人がいるということに焦点を当てていきました。世間話が上手な人には、相手の話に合わせる、共通の話題を見つけるといったことがうまいという特徴があります。そこから、相手の話に共感することがコミュニケーションにおいて重要ではないかということに気付いていきました。答えを求めず、自然体で話をするということが大事だという人もいました。
本当はここからもう少しコミュニケーションとは何かということに話を深めていくべきところでしたが、今回はそこまで至ることができませんでした。参加された皆様、お疲れ様でした。
テーマは「『知らない人に声をかけるということ』を考える」でした。知らない人に声をかけた経験、また逆に知らない人に声をかけられた経験などを参加者に話していただき、コミュニケーションにおいて何が重要かを考えていきました。
普通は何か用件がなければ知らない人に声をかけるということはないというのが参加者たちに共通した見解でした。例としては、道を尋ねる、写真を撮ってもらう等が挙げられます。しかし、そのような用件がある場合であっても、相手に警戒される/相手を警戒するということがあります。つまり双方に何らかの誤解が生じるということがあります。そこで重要になるのが、話しかけやすい/話しかけられやすいということ、つまり見た目の印象やイメージ等ではないかということです。
それ以外に重要なことはないでしょうか。そこで、世間話が上手な人がいるということに焦点を当てていきました。世間話が上手な人には、相手の話に合わせる、共通の話題を見つけるといったことがうまいという特徴があります。そこから、相手の話に共感することがコミュニケーションにおいて重要ではないかということに気付いていきました。答えを求めず、自然体で話をするということが大事だという人もいました。
本当はここからもう少しコミュニケーションとは何かということに話を深めていくべきところでしたが、今回はそこまで至ることができませんでした。参加された皆様、お疲れ様でした。
2013年7月31日水曜日
第3回北九州哲学カフェのお知らせ
関門海峡の眺望と赤煉瓦建造群のコントラストが美しい門司の赤煉瓦交流館にて、第3回北九州哲学カフェを開催いたします。
第3回目のテーマは、「知らない人に声をかけるということ」です。
あなたは知らない人に声をかけることができますか?
できるとすれば、どういう理由のあるとき、どういう状況のもとで行いますか?
逆に、知らない人に声をかけられたことはありますか?
これらのことを考えながら、現代社会におけるコミュニケーションのあり方について考えていきたいと思います。
哲学の知識は問いません。どなたでも参加できますので、お気軽にお越しください。
日時:2013年9月28日(土)18:00~20:00
会場:門司赤煉瓦交流館 会議室B (JR門司駅より海岸側 徒歩5分)
テーマ:「知らない人に声をかけるということ」を考える
参加費:無料
申込方法:この行をクリックして、参加申込フォームに氏名を記入して送信してください。
第3回目のテーマは、「知らない人に声をかけるということ」です。
あなたは知らない人に声をかけることができますか?
できるとすれば、どういう理由のあるとき、どういう状況のもとで行いますか?
逆に、知らない人に声をかけられたことはありますか?
これらのことを考えながら、現代社会におけるコミュニケーションのあり方について考えていきたいと思います。
哲学の知識は問いません。どなたでも参加できますので、お気軽にお越しください。
日時:2013年9月28日(土)18:00~20:00
会場:門司赤煉瓦交流館 会議室B (JR門司駅より海岸側 徒歩5分)
テーマ:「知らない人に声をかけるということ」を考える
参加費:無料
申込方法:この行をクリックして、参加申込フォームに氏名を記入して送信してください。
2013年6月29日土曜日
第2回北九州哲学カフェ開催報告
6月9日18:00から、折尾のレンタルスペース・ドルフィンにて第2回北九州哲学カフェを開催いたしました。参加人数は7名でした。
テーマは「『右』という言葉を説明できるか?」でした。「右」という言葉にどのような意味があるかを、みんなで考えました。
まず、「右」という言葉が辞書でどのように定義されているかを検討しました。日本の辞書では、表現の差はありますが、概ね「北を向いたときに東にあたる側」と定義されていました。英語の辞書でも似たような傾向があることがわかりました。
そこで、そのような定義のどこに問題があるかについて検討しました。この定義では、まず東西南北について定義しなければならないこと、東西南北のない場所(例えば宇宙空間)では説明することが難しいことなどが問題になりました。
次に、「右」と「左」の違いについて検討しました。言葉の「右」と「左」を置きかえたら反対の意味になるのか。「右」だけあるいは「左」だけが使われている言葉はあるのか。また、それはなぜか。などについて話し合いました。そのような言葉の例として、「左遷」、「左党」、「左団扇」などが挙がりました。これらの言葉には由来があり、「左」を「右」に置きかえても反対の意味になるというわけにはいきません。
さらに、外国語の「右」・「左」についても検討しました。英語では「右」は"right"、「左」は"left"ですが、これはなぜなのでしょうか。なぜ「右」は「正しい」で、「左」は「残った方」なのでしょうか。フランス語の"droit"には「右」という意味と「まっすぐ」という意味とがありますが、これはなぜなのでしょうか。イタリア語の"sinistra"(左)と英語の"sinister"(不吉)が同じ語源を持っているのはなぜなのでしょうか。
最後に、どの文化においても「右」と「左」は必ずあるのかを検討しました。文化によっては「右」と「左」がなく、東西南北で表すところがあるようです。この文化においては、自分を中心にした主観的な表現がなく、客観的な基準を重視した表現がなされているようです。
参加者からは、「『右』と『左』の表現はコミュニケーション上の必要から生まれたのではないか」という意見がありました。「右」という言葉の意味を説明することは難しかったですが、日常なにげなく使っている言葉も、さまざまな角度がら考察することができるということが確認できました。
参加された皆様、お疲れ様でした。
テーマは「『右』という言葉を説明できるか?」でした。「右」という言葉にどのような意味があるかを、みんなで考えました。
まず、「右」という言葉が辞書でどのように定義されているかを検討しました。日本の辞書では、表現の差はありますが、概ね「北を向いたときに東にあたる側」と定義されていました。英語の辞書でも似たような傾向があることがわかりました。
そこで、そのような定義のどこに問題があるかについて検討しました。この定義では、まず東西南北について定義しなければならないこと、東西南北のない場所(例えば宇宙空間)では説明することが難しいことなどが問題になりました。
次に、「右」と「左」の違いについて検討しました。言葉の「右」と「左」を置きかえたら反対の意味になるのか。「右」だけあるいは「左」だけが使われている言葉はあるのか。また、それはなぜか。などについて話し合いました。そのような言葉の例として、「左遷」、「左党」、「左団扇」などが挙がりました。これらの言葉には由来があり、「左」を「右」に置きかえても反対の意味になるというわけにはいきません。
さらに、外国語の「右」・「左」についても検討しました。英語では「右」は"right"、「左」は"left"ですが、これはなぜなのでしょうか。なぜ「右」は「正しい」で、「左」は「残った方」なのでしょうか。フランス語の"droit"には「右」という意味と「まっすぐ」という意味とがありますが、これはなぜなのでしょうか。イタリア語の"sinistra"(左)と英語の"sinister"(不吉)が同じ語源を持っているのはなぜなのでしょうか。
最後に、どの文化においても「右」と「左」は必ずあるのかを検討しました。文化によっては「右」と「左」がなく、東西南北で表すところがあるようです。この文化においては、自分を中心にした主観的な表現がなく、客観的な基準を重視した表現がなされているようです。
参加者からは、「『右』と『左』の表現はコミュニケーション上の必要から生まれたのではないか」という意見がありました。「右」という言葉の意味を説明することは難しかったですが、日常なにげなく使っている言葉も、さまざまな角度がら考察することができるということが確認できました。
参加された皆様、お疲れ様でした。
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